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オレンジ色

雑談とか日常思ったこととか

ずっと誰かと楽しむって難しい

人と楽しむって難しい。

 

久しぶりの飲み会とか、

共通の趣味・関心事とか、

非日常的なイベントとか、

そういったものがないとなかなか楽しめない。

 

普段から接していて毎日会ってでも楽しめるなんて、

仕事が楽しいっていうよりもハードルが高いことだと思う。

 

仕事は自分が選んだものだし、

俺はたまたま今の仕事を楽しめてるから毎日でも楽しめる気がする。

仕事仲間と毎日会って、楽しく仕事ができるのはよくわかる。

 

でも、仕事じゃなくて、

それこそ誰かの気を惹こうとしたりして、

継続的に楽しさを提供するなんてことは不可能だと思う。

 

リア充(死語)ならば難なくこなすんだろうか?

テンション上げて叫べる場所を探してるだけのどうしようもない人種に見えるのだけれど。

 

バーベキューとかキャンプとかが好きなヤンチャでも、

実はしっかり考えてるっていうのが俺の通説だった。

 

でも最近、ほんとうに何も考えてない、

むしろ今を楽しむために考えることを放棄しているような、

空気の奴隷、思考停止のノリが大事、

そんな人種もいるようだと知った。

 

彼らから見ると俺なんかは

「小難しく考えすぎ」

なんだろう。

 

でも、俺も本気で人生を楽しもうとしてるんだ。

だからこそ、好奇心の赴くままに本や趣味に没頭できるんだ。

 気分がのったからちょっとやってみる、

そんな程度の薄っぺらい楽しみ方じゃ楽しめない。

 

友達との話は楽しいけれど、

本当に話し合える友達なんか限られる。

難しい話じゃ楽しめないなら、相容れないんだろう。

それでいい。

 

人間関係は話し合いなんかで解決できない。

互いが持ってる論理をすり合わせるコミュニケーションそのものが、

「小難しい」

って敬遠されて、理解しようともされない。

 

コミュニケーションには簡単な表現が必要だけれど、

「もっと簡単に説明して!」

なんていう、理解しようとする責任を完全放棄されてしまったら、

コミュニケーションは成立しないから。

 

互いに理解しあおうとしてはじめて、

コミュニケーションは成立できる。

そのレベルのコミュニケーションが俺は楽しい。

 

でも、そんな話をできる関係って本当に限られるんだよなぁ。。。

薄っぺらいのが好きな人とは相容れないし。

たまにならいいのだけれど、ずっとは無理だ。

 

たまにやるからイベントは楽しいし、

友達と面白可笑しく過ごせるんだろう。

年中学園祭なんて、そんなしんどくて薄っぺらい日常は嫌だ。

イベント性のない日常に楽しみを見いだせるような人と話したい。

それは毎日でも楽しいことだから。