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雑談とか日常思ったこととか

チャレンジ精神だけで上手くいくならみんなやってる

まとめ

失敗しないように対策をきちんとしないと、

チャンスを活かせない。

確認して、確認して、確認して、踏み出す感じ。

過去の失敗を参考にして、失敗の可能性を極力減らしてから踏み出すから、

成功する確率が高くなるんだろう。

 

記事はこちら↓

「チャレンジ精神を持って活動してほしい!」

そんな意見をよくきくけれど、

ただバカみたいにチャレンジしても成功しないと思います。

 

過去を反省できる人なら、失敗の未来も想像できてしまうから、

だからこそ一歩踏み出すのに躊躇してしまうのだと思います。

 

そこで止まってしまう人が大半ですが、

中には踏み出してから失敗しない方法を考える人や、

踏み出す前に徹底的に調査する人がいます。

 

どちらにしろ、踏み出していて、

失敗の可能性を小さくしてるから、成功に近づくわけです。

 

例えばファンドなどの投資では、

踏み出してから考えても仕方ないことが多いので、

踏み出すまでにリスクを徹底的に考えてから投資しています。

小規模な投資なら、大した確認もせずにやったりもしていますが、

失敗したら痛手になるほどの金額なら、

投資先は非常に厳しくチェックされます。

数百億円を投資して、3年で3倍くらいで売れれば完璧でしょう。

 

ファンドなどの投資なら自分で操作できる部分が少ないから、

事前の確認が勝敗を決めます。

 

でも、例えば仕事、就活、転職、起業、受験勉強、趣味、恋愛などなど、

日常で自分が接する事象については、リスクは踏み出したあとにでも管理できます。

 

いや、恋愛は相手の意志次第だから、踏み出す前ですね。

 

要は、日常の大半は一歩踏み出してからリスクを考えたらいいことだってことです。

例えば仕事なら、

上司にひとつ進言してみる、あるいは、「会社辞めます」と言ってみる、

とか、普段やらないコミュニケーションをとってみるのもいいと思います。

 

否定された瞬間あなたの人生が終わるわけじゃないし、

相手も相手で、今までの人間関係に歪を発生させたくないのが普通でしょう。

言ってみて、ダメそうだったら「冗談です」と引けばいいだけ。

それだけです。

 

ゴリ押しで上手くいくのは、提案が素晴らしく、

しかも上司が素晴らしい人という2つの条件が必要なんで、

そこでゴリ押せとは言いません。

器が小さい人は、許容範囲が狭く、理路整然とした理由も話さず

自分が思っていなかったことを言われると怒り出します。

そんな人を相手にする暇は、自分の人生にはありません。

賢く避ければあまり害はないと思います。

 

ただ、一歩踏み出したら、そのあと撤退するとしても、

後始末というか、踏み出した代償が、

面倒くさいんですよね。

 

別にリスクとも言えない程度の弊害なんですが、、、

簡単な事例として、

一歩踏み出して飲み会を企画したけど、

思ったほど人数があまり集まらず流れた場合、

来る!って言ってくれた人に流れたことを伝えなきゃですし、

店の予約も取り消さないといけません。

 

なんだ、その程度ならいいじゃん。

と思うところです。

俺もそれくらいいいじゃん、って思います。

 

でも、いざ当事者の立場になったら、

これが憂鬱なんですよ。

 

自分が企画した飲み会が流れてしまう、

日程がまずかったのか、場所がいまいちだったか。。。

一歩踏み出したけど成果はなかった。

その上後始末をしなきゃいけない。

せっかく企画したのにな・・・

残念・・・

 

なんとなくニュアンスが伝わればと思いますが、

徒労におわった行動の後始末ほど憂鬱になるということです。

 

「あー、やらなきゃよかった。」

 

そう思う人が増えていって、

それこそ飲み会の企画者なんてのは限られた人しかやらなくなります。

「企画してくれたら行くよー」

と言いながら、自分は暇をもてあそぶなんてことも多いでしょう。

 

企画自体がめんどくさいのは、

企画しても成果が得られない可能性を知ってるからです。

 

一歩踏み出すことの面倒臭さが、受け身の自分を作っていくんです。

 

その面倒臭さを乗り越えて、

ゼロ歩を一歩にして、動き出したほうが、

実は楽しかったりもします。

 

でも、それは失敗を回避できると思ってるからです。

失敗するかも・・・と思いながら一歩踏み出すときは、

本当にビクビクしながら自分の現在地を逐一確認しながら進んでいったりします。

現在地の確認を繰り返しても意味がないのに。

最初に現在地を調べて、行くべき道のりを描いて、途中で進行状況を確認する。

それでいいんですよ。

 

なんども現在地を確かめる人、

勉強もせずTOEICを何度も受けたり、

預金通帳の金額を何度も確認したり、

気持ちはわかりますが、無駄です。

 

自分が面倒になる以外にノーリスクなら、

ちょっと試して失敗を経験するのも良いことだと俺は思います。

 

面倒さなんて、人生自体が面倒なのだから、

なにもしない面倒さよりもなにか「自分で」やった面倒さのほうがまだましだと、

俺は思ってます。

 

テレビや映画や動画、小説、実用書、スポーツ観戦など、

他者が作ったコンテンツに明け暮れ続けるよりも、

自分が行動して生み出す喜びも、たまには味わいたいじゃないですか。

 

その一つとして、俺はこのブログを書いています。

自分の思考整理のためと、アウトプットを作成しているという自己満足です。

もし、自分の思考整理の過程が誰かの役にたったらそれも嬉しいし。

 

「チャレンジ精神」

という言葉は俺は嫌いです。リスクを考えてなさそうなニュアンスだから。

 

面倒さを乗り越えて「がんばって一歩踏み出す」

同じように捉えられるかもしれませんが、

俺はこの表現が好きです。

 

自分で、一歩を踏み出すから。

テンションだけの精神じゃなくて、実際に一歩踏み出しているから。

 

歩ききれるって思わないと、一歩踏み出すなんてできないと思います。

だから、自分が思いつく程度のリスクは回避できるようにしてから、

一歩を踏み出したらいいと思います。

 

リスクじゃない面倒臭さをリスクと勘違いしているのはもったいないと思います。