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雑談とか日常思ったこととか

しつけと洗脳の領域

小学校、中学校くらいまでは信じていた、
大人は完全で正しくて、自分の意見は論理的に正しそうでも、
それでも、「大人になったらわかるよ」という意見にのせられる。

そりゃ、大人になっていないのだから、
「大人になったら」という未来仮定を置かれた時点で、
負けになる。

他にも、
「使ったらわかるよ」
「3年経験すればわかるよ」
「社会に出ればわかるよ」
なんて、未来の話をして、議論の壁を閉ざすのは、しょうもない。

相手が、論理的に未来を想像できないとバカにしているように感じる。

そりゃ、子供のように、成功も失敗もしたことがなくて
ただただ自分がしたいことを主張してみては、
大人に否定される、ということもあるかもしれない。

でも、子供は成長して、すぐに、大人が絶対に正しい、
と言い切れない領域の意見を言い出す。

 

むやみに部屋を汚してはいけません、とか、
食事をこぼさないように食べましょう、とか、
排便はトイレでしましょう、とか、
子供のうちに学ぶ、当然に守らなければいけない「常識」はある。

しかも、その常識を破ったところで、
自分も相手も得することのないものだ。

翻って、例えば、独立して起業するか、
大企業への入社を目指して就活をするかは、
個人の自由だ。

けれど、親世代はバブルを知っているからか、
大企業への就職を褒めたたえて、
独立起業なんて、不安定で良くないことだと断じる。

その意見を、「親だから」、「人生の先輩だから」という理由で、聞いてはいけない。

その権威が通じるのは、誰も得しない行動をしないようにしつけるときだと思う。

人のものを盗ってはいけません、というのは、倫理観な気がするけれど、
排便はトイレでしましょう、というのは、議論の余地がない、
人間界の正論な気がする。

その差異は、盗る行為の性質で、自分は得して、
相手は損する、という、誰かは得する関係にあると思う。

盗る対象は物質に限定されずに、情報ももちろん入る。

たいていの情報はゴミ情報だから、
入れる意味はないけれど、質の高い情報は、価値になる。

極端に言えば、インサイダー情報なんて、たった一行で、とんでもない価値がある。
「1週間後、●●株が30%程度上がる」
それだけ。今の経済では、その情報を得た人の勝ちで終わる。

 

しつけが必要な行動は、自分も相手も損する行動であって、
自分だけが得する行動は、しつけというより倫理観の問題なんだろう。

倫理観の問題に活躍する最も有名なものが、宗教だ。

宗教は、何かと規定するけれど、根拠はない。
でも、例えばキリスト教なら人類が2千年以上信仰してきた文化があるから、
なんとなく信じている人がいる。

 

宗教ごとに聖書はあるのだろうけれど、まぁ、適当に家族が集まって、
適当に儀式を行って、適当におわるものだろう。

 

聖書が言っているから、世間が言っているから、
という発言権は強い、ということ。

反論しにくいし。

無駄じゃん!という反応こそが、まさに無駄になってしまう。
民主主義はそういう制度だから、しかたがない。

 

それでも、自分としては、発言者じゃなく、発言内容によって、
評価して自分の意見を述べられるように心がけたい。