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雑談とか日常思ったこととか

現実<<<空想 という現実

現実を素直に受け入れられる人間が、どれだけいるでしょうか。

 

自分の人生を振り返って、完全無欠な人生だと言える人はいないでしょう。

たとえいたとしても、将来の自分にとっては、まるで虫けらのような時間だった、
と思えるものかもしれません。

 

現実は、一般的には残酷だし無慈悲だけれど、
ときどき起こる、優しさや愛に包まれた感動的事象によって構成されています。

感動的事象には、他人による自己犠牲が発生していることが多いです。
自分の犠牲あんら、反対してしまうから。

宗教では、自分が神にないがしろにされていると感じたとしても、
神への信仰を捨てないことが重要だと、ほとんどの教えで説くでしょう。

要するには、偉い人を無条件で受け入れろ、という発想なのでしょうが、
空想上の神を信仰することで、残酷な現実を受け入れないことに、
整合する思考となれるんでしょうね。

 

神が試練を与えたから、自分が今辛い状況にいる。
という思考は、まるでブラック企業の企業理念のように感じます。

会社を宗教化できれば信者が集まるといいますか。

でも、信者が集まり、それぞれの役割を果たすことこそが、
組織としての意義とも言えます。

ロボットができる単純作業には人間が不要になる時代、
それぞれの人間の役割(企画から配送まで)を果たすことこそが、
組織としての仕事なんだろう、と感じます。

そうでなければ、役割分担なんてせず、
1人1人が独立して仕事をすればいい、ということになりますし。

組織への所属意識があるほうが、人間は精神的に安定しやすいし、
与えられた役割を果たそうと頑張れれる生き物だ、ということです。

 

生きる意味は自分で見つけるしかないけれど、
自分で見つけられない人間が大半です。

なんとなく生きている、それでいいじゃないか、と。

そこに、生きる意味を教えてくれる人が出てきたとします。

「あなたには、●●ができる才能がある。」
「あなたなら●●ができる」
「あなたは・・・・・・」

●●には、「営業マン」やら、「事務職」やら、なんでも入ります。

就職活動で自己分析とかやったりするかもしれませんが、
それは、会社が求めている「●●」と、就活性ができる(できるようになる)●●が、
マッチしているかどうか。

それだけです。

 

マッチしているように見せられれば受かりますし、そうじゃなければ落ちる。
落ちたら、次の就活先にどんなニーズがあるのか、また空想ゲームの始まりです。

 

つまり、自由な選択肢を持って生きている人間なんてほとんどいないのだけれど、
振り回されてたら、自分の人生歩めないよと。

空想上の生きる意味(誰かに与えられたもの)を追いかけるのが人生だとすると、
定年になり、退職した瞬間に、誰からも求められなくなり、意味を見失うのでしょう。

 

現実を理解していないから、逆に社会に尽くせるのだとも言えます。
現実なんて、空想のようなものだと思って、サクサク現実を片付けましょう。

死ぬまで見ている、痛みのある夢が、現実なんですから。
空想と区別する意味もあまりないです。

未知の将来を想像しながら、現代を生きていきましょう。