成長にはジャンプが必要
まとめ
成果物は、一歩一歩を着実に進めることで完成する。
でも、成長は一歩ずつじゃない。
努力を続けているうちに、いつの間にかできなかったことができるようになっている。
なぜ突然できるようになったかなんてわからない。
それが、自分の成長なんだろう。
いつの間にか飛び越えている線があるんだ。
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成長というのは、連続していないと思います。
スポーツがわかりやすいですが、
例えば野球をやっていて、
最初80kmのボールも打てなかったのが、
練習を重ねて気づけば120kmのボールを打てるようになっている。
このとき、80kmから1kmずつ順に打てるようになっていったんじゃないですよね。
練習を続けていたら、いつのまにか80kmをたまに打てるようになり、
100kmをたまに打てるようになったときには80kmは簡単に感じるようになり、
120kmにチャレンジしてまぐれで当たって喜んでいたと思ったら、
平然と打てるようになって、次は140kmだとか言い出す。
練習をしているうちに、
まぐれでできていたことの確率が上がっていって、
当たり前になっていく。そんな感じだと思います。
その確率は、直線的に伸びるんじゃなくて、
ジャンプするんです。
体感ですが、スポーツだと10%くらいの確率でできていたことが、
いきなり80%くらいの確率でできるようになっている感覚です。
勉強も同じです。
新しく仕入れた言葉を、
自然と使えるようになるにはジャンプが必要です。
俺が経験したジャンプの例として、
「お世話になっております」
という挨拶があります。
社会人になるまで、こんな言葉使ったことがなかったです。
挨拶っていうより本当にお世話になってる人に対する感謝の言葉じゃないの?
って思ってました。
特に、知らない人から電話がかかってきて言われたとき、
「いやいや、初対面ですけど・・・」
「会ったこともないのになに言ってるの?」
と思って、聞くのも言うのも非常に違和感がありました。
でも、3ヶ月もたてば、違和感なく自然と
「お世話になっております」
と言うようになりました。
1ヶ月くらい、ほんとうに噛み噛みで、
「おせゎ、おせわになっております」
みたいになってたのが嘘のようです。
なんで言えるようになったの?と聞かれても、
自分でもわかりません。
ふとジャンプしたんです。
一線を超えたんです。
努力を繰り返しても、
その努力は直線的に成長につながるわけじゃないです。
努力しているうちにいつのまにか飛び越えていて、
どうやって飛び越えたのかもわからないのが成長なんでしょう。
だからこそ、できるようになるために「いつまでやればいいの?」
という問いの答えは誰も持ってません。
できるようになるまで努力を続けることしかできないからです。
ジャンプしないからって努力を放棄したら、
「もう少しでジャンプできた自分」を捨てることになりかねません。
ジャンプを目指してがんばりましょう。